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SaaS(Software as a Service)ビジネスは、現代の企業活動において不可欠な存在となりました。
しかし、その市場は日々進化し、競争も激化の一途を辿っています。
SaaS事業の責任者やマーケティング担当者にとって、効果的なSaaSマーケティング戦略を策定し実行することは、事業成長の生命線と言えるでしょう。
この記事では、SaaSビジネスを成功に導くためのSaaSマーケティングについて、その基本概念から具体的な手法、成功事例、そして最新トレンドまでを徹底的に解説します。
戦略を見直し、事業を次のステージへと押し上げたいと考える皆様の一助となれば幸いです。
目次
1.SaaSマーケティングとは?基本概念とSaaSビジネスの重要性
SaaSマーケティングの目的は多岐にわたりますが、中心となるのは、自社SaaS製品・サービスの市場認知度を高め、新規顧客を獲得することです。しかし、サブスクリプションモデルであるSaaSにおいては、単に顧客を獲得するだけでは不十分です。獲得した顧客に継続的にサービスを利用してもらい、長期的な関係を構築することが極めて重要となります。
具体的には、以下の役割が挙げられます。
・市場認知拡大と新規顧客獲得
ターゲット層にSaaSの存在と価値を伝え、興味・関心を引き出し、契約へと繋げます。
・顧客の継続利用促進とロイヤルティ向上
導入後の顧客満足度を高め、サービス利用の定着化を図り、ブランドへの愛着を育みます。
・LTV(顧客生涯価値)の最大化と持続的な収益成長
顧客がサービスを利用し続ける期間中に生み出す価値を最大化し、安定した収益基盤を築きます。アップセル(上位プランへの移行)やクロスセル(関連サービスの購入)も重要な要素です。
・ブランド認知度の向上、リードジェネレーション(見込み客獲得)、リード育成(ナーチャリング)
潜在顧客を掘り起こし、購買意欲を高めるための継続的なコミュニケーションを行います。
・顧客維持・解約率(チャーンレート)の管理
顧客がサービスから離脱するのを防ぎ、収益の安定性を確保します。
・プロダクトやブランド価値の向上
顧客のフィードバックを製品開発に反映させ、サービスの質を高めることで、ブランド全体の価値を向上させます。
これらの役割を通じて、SaaSマーケティングは製品のライフサイクル全体にわたって顧客との接点を持ち、事業の成長を強力に推進する核となります。
2.SaaSビジネスにおける顧客のニーズと価値提供
SaaSビジネスにおいて、顧客中心の考え方は成功の礎となります。
単に優れた機能を提供するだけでなく、顧客が抱える具体的な課題を解決し、顧客のビジネスに真の価値をもたらすことが重要です。
2.1 顧客の具体的な課題解決と価値創出
SaaS製品を導入する企業は、多くの場合、業務における「ペインポイント」、つまり具体的な課題を解決したいと考えています。例えば、煩雑な手作業による業務効率の低下、膨大なデータ管理にかかる時間、高コストな既存システム、あるいは生産性向上のための新たな手段などが挙げられます。
SaaSマーケティングでは、自社のSaaSがこれらの課題をどのように解決し、顧客にどのようなメリットをもたらすのかを明確に提示する必要があります。
単なる機能の説明に終始するのではなく、
「このSaaSを導入することで、〇〇の業務時間を年間〇〇時間削減できます」
「□□のコストを〇〇%削減できます」
「△△の生産性を〇〇%向上できます」といった、
具体的なROI(投資対効果)を数値で示すことが極めて重要です。
顧客は、製品が提供する価値を明確に理解し、それが自身のビジネスにどのように適用され、具体的にどのような良い変化をもたらすのかを求めています。
この「課題解決」と「価値創出」のストーリーを語ることが、効果的なSaaSマーケティングの第一歩です。
2.2 使いやすさ、導入の容易さ、継続的なサポート
SaaS製品が顧客に選ばれ、継続的に利用されるためには、使いやすさ、導入の容易さ、そして充実したサポートが不可欠です。
使いやすさ(UI/UXデザイン)
インターネット環境があればどこからでも利用できる手軽さに加え、直感的で分かりやすいユーザーインターフェース(UI)と、快適なユーザーエクスペリエンス(UX)が求められます。複雑な操作や学習コストが高いSaaSは、導入後に利用が定着しにくい傾向にあります。
導入のハードルの低さ、柔軟なスケーラビリティ
ソフトウェアのインストールが不要なため、導入までの手間が少ないことは大きな利点です。また、ビジネスの成長に合わせてユーザー数や利用機能を柔軟に増減できるスケーラビリティも、SaaSが持つ重要な価値の一つです。
充実したオンボーディング、教育、継続的なカスタマーサポート
導入初期のオンボーディングプロセスは、顧客が製品を最大限に活用し、その価値を実感するために非常に重要です。初期設定の支援、使い方ガイド、チュートリアル動画、そして継続的な疑問解決のためのカスタマーサポート体制は、顧客の満足度と継続利用率に直結します。
機能やコンテンツの継続的なアップデートと価値提供への期待
SaaSの強みは、常に最新の機能が提供される点です。顧客は、サービスの定期的なアップデートによって、自身のビジネス課題がより高度に解決され、新たな価値が創出されることを期待しています。
これらの要素は、単に「機能」としてではなく、「顧客体験」全体として捉え、SaaSマーケティングにおいても強調すべきポイントとなります。
2.3 データに基づいた製品改善とパーソナライゼーション
SaaSの特性の一つに、顧客の利用状況データを詳細に収集・分析できる点が挙げられます。ログイン頻度、特定の機能の使用パターン、利用時間、離脱ポイントなど、これらのデータは宝の山です。
収集されたデータは、以下の目的に活用されます。
・製品改善と新機能開発
・個別のサポートとパーソナライズされたマーケティング戦略
特に2つ目について、特定の機能を利用していない顧客に対しては、その機能の価値を伝えるメールを送ったり、使い方を案内するウェビナーに招待したりすることができます。
逆に、ヘビーユーザーに対しては、さらに高度な利用方法や関連機能の提案を行うなど、パーソナライズされたコミュニケーションで顧客満足度を高め、アップセルやクロスセルに繋げることが可能です。
また、日本市場においては、製品の機能性だけでなく、信頼性の高い製品、質の高い顧客サポート、そして日本のビジネス文化に適合した丁寧なコミュニケーションが強く求めらる傾向があります。
データに基づきながらも、人間的な温かみや細やかな配慮を欠かさないアプローチが、長期的な顧客関係構築には不可欠です。顧客の課題解決にとどまらず、その成功を支えるパートナーとしての信頼感を築くことが、日本におけるSaaSマーケティングの成功には欠かせません。
3.SaaSマーケティング戦略の策定:成功のためのステップとロードマップ
効果的なSaaSマーケティングは、場当たり的な施策ではなく、明確な戦略に基づいています。ここでは、成功に導くための戦略策定ステップとロードマップを解説します。
3.1 明確な目標設定(KGI & KPI)と追跡
SaaSマーケティング戦略の基盤は、明確な目標設定にあります。ビジネス目標とマーケティング目標は一貫している必要があり、それぞれを測定可能なKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)とKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)に落とし込むことが不可欠です。
― 主要なKGIの設定
KGIは、事業全体の最終的な目標であり、マーケティング活動が最終的に達成すべき指標です。
項目 | 説明 |
---|---|
受注金額 | マーケティングが貢献した総売上高 |
マーケティング施策経由の受注件数 | マーケティング活動によって獲得された顧客からの受注数。 |
市場シェア拡大 | 特定の市場における自社SaaSのシェア率 |
― SaaSマーケティングで追うべき重要KPIの詳細解説
SaaSビジネスには、その特性上、特に重要となるKPIが多数存在します。
項目 | 説明 |
---|---|
LTV (Life Time Value) | 顧客生涯価値。一人の顧客が、契約開始から解約するまでの期間にもたらす総収益の現在価値を指します。LTVの最大化はSaaSの収益成長に直結します。算出方法は「顧客単価 × 利益率 × 平均継続期間」が一般的です。 |
CAC (Customer Acquisition Cost) | 顧客獲得単価。一人の新規顧客を獲得するためにかかった総費用です。広告費、営業人件費、マーケティングツールの費用などを含みます。オーガニック(SEOなど)からの獲得コストであるOrganic CAC、有料チャネルからの獲得コストであるPaid CAC、両方を合わせたBlended CACなどがあり、チャネルごとの効率性を評価します。 |
MRR (Monthly Recurring Revenue) | 月間定額収益。毎月安定的に得られる収益の合計です。新規顧客からの収益(New MRR)、既存顧客からのアップセル収益(Expansion MRR)、解約による減少分(Churn MRR)などを区別して成長率を分析します。 |
Churn Rate (解約率) | 顧客がサービスを解約する割合です。SaaSビジネスにおいて最も警戒すべき指標の一つで、契約数ベースのグロスチャーンと、収益ベースのネットチャーン(NRRに影響)があります。解約要因を分析し、改善策を講じることが重要です。 |
NRR (Net Revenue Retention) | 既存顧客からの収益成長率。既存顧客からの収益が、アップセルやクロスセルによる増加分と、ダウングレードや解約による減少分を考慮して、どれだけ成長したかを示します。100%を超えている場合、既存顧客からの収益が成長していることを意味し、持続的成長の重要な指標です。 |
CV数 (コンバージョン数) | ウェブサイト訪問者が目標とする行動(資料請求、無料トライアル登録、デモ予約など)を完了した回数です。SaaSマーケティングにおける各種キャンペーンの成果を測る上で基本となる指標です。 |
CPA (顧客獲得単価) | 各マーケティングチャネル(Web広告、コンテンツマーケティングなど)ごとに、一つのCVを獲得するためにかかったコストです。 |
MQL (Marketing Qualified Lead) | マーケティング活動によって特定され、購買意欲が高いと判断された見込み客です。資料ダウンロードやウェビナー参加など、特定の行動を取ったリードを指します。 |
SQL (Sales Qualified Lead) | MQLの中から、営業チームがアプローチすべきと判断された、さらに質の高い見込み客です。より具体的な課題があり、導入検討が進んでいるリードを指します。 |
ARPA (Average Revenue Per Account) | 顧客平均単価。一顧客あたりの平均月間収益を示します。 |
これらの目標設定にあたっては、SMART原則(Specific:具体的、Measurable:測定可能、Achievable:達成可能、Relevant:関連性がある、Time-bound:期限がある)に沿って設定することが、実行可能性を高める上で重要です。
3.2 ターゲットオーディエンスの深い理解とペルソナ設定
効果的なSaaSマーケティングは、誰に、どのような価値を提供するのかを明確にすることから始まります。そのためには、ターゲットオーディエンスを深く理解し、具体的なペルソナを設定することが不可欠です。
理想的な顧客像 (ICP: Ideal Customer Profile) の明確化
ICPとは、最もLTVが高く、自社SaaSにとって理想的な企業像を指します。
企業像としては、年間売上高や業界、従業員規模、抱えている課題、意思決定プロセス、利用している技術スタックなどを具体的に特定します。
また、個人像ではICPに属する企業内で、SaaSの導入検討や利用に関わる主要な人物(役職、職種、年齢、日常業務で抱える課題、情報収集方法、意思決定における役割など)を明確にします。
詳細なペルソナ作成の重要性と作成方法
ペルソナは、ICPをさらに具体的に、あたかも実在する人物のように描写した架空の顧客像です。
項目 | 内容 |
---|---|
属性 | 氏名、年齢、役職、所属部署、家族構成など。 |
行動 | 仕事での一日の流れ、情報収集方法(利用する媒体、検索キーワード)、SaaS製品の検討プロセス。 |
動機 | 仕事での成功への意欲、キャリアアップへの関心。 |
課題 | 日常業務で直面する困難、SaaSで解決したい具体的なペインポイント。 |
情報源 | 信頼するメディア、インフルエンサー、コミュニティ。 |
購買プロセス | どのような情報を重視し、誰と相談して意思決定をするか。 |
ペルソナを作成することで、ターゲット顧客のリアルな像が具体化され、マーケティングメッセージ、コンテンツ、利用するチャネルの選択、さらには製品改善の方向性まで、より顧客に響く戦略を立てられるようになります。
ペルソナ作成や理解を深めるためには、システムやアンケートなどの様々な方法でデータを収集・分析します。
参考記事:
ペルソナの設定方法から具体例や必要項目
カスタマージャーニーマップの作成と活用
顧客がSaaSを認知してから、検討、導入、定着、そして推奨に至るまでの各フェーズにおける顧客体験とタッチポイント(顧客との接点)を可視化したものです。これにより、各フェーズで顧客がどのような感情を抱き、どのような情報を必要としているのかを把握し、適切なタイミングで最適な情報やサポートを提供するための戦略を設計できます。
ターゲットオーディエンスを深く理解するためには、サービス利用顧客や見込み顧客等にアンケートやインタビューを通じて把握する必要があります。
大変ですが、予想や思い込みで定義せず丁寧に進めることを推奨します。
3.3 競合分析と自社SaaSの差別化戦略
競争が激化するSaaS市場で勝ち抜くには、顧客が「なぜ、あなたから買うべきなのか」という問いに明確に答える独自の強み、すなわちUSP(Unique Selling Proposition)の確立が絶対不可欠です。
機能が豊富、価格が安いというだけでは、すぐに模倣され価格競争に陥る可能性があります。
この強力なUSPを定義するための第一歩が競合分析です。
直接的な競合サービスはもちろん、Excelでの手作業やオンプレミスシステムといった「代替手段」も含めて、顧客が他にどのような選択肢を持っているかを徹底的に把握する必要があります。
他社の強み・弱みを深く理解することで初めて、自社が攻めるべき独自の価値提供の領域、つまりUSPの種が見えてきます。
調査結果をもとに「他にはない独自機能」「特定業界への深い知見」「卓越したUI/UX」「手厚いサポート体制」といった要素を組み合わせ、自社ならではの揺るぎないUSPを構築していきます。
これらは単に機能の羅列ではなく、顧客への独自性を示す強力な要素となり、マーケティングメッセージの核となります。
3.4 部門横断的な連携強化と顧客体験の一貫性
SaaSビジネスにおいて、顧客は「マーケティング」「セールス」「カスタマーサクセス」といった部門ごとの断片的な体験ではなく、製品の認知から利用、そして継続に至るまでの一貫した「顧客体験」を求めています。
そのため、部門横断的な連携強化は、SaaSマーケティングやSaaSビジネスそのものの成功の鍵を握ります。
― 連携を円滑にする4つの仕組み
全部門が一体となって動くためには、具体的な仕組みが必要です。
①共通のゴールを持つ
まず、「LTV(顧客生涯価値)の最大化」や「チャーンレート(解約率)の低下」といった事業全体の目標を全員が共有します。これにより、各部門が同じゴールに向かって走ることができます。
②「見込み客」の認識を合わせる
マーケティング部門とセールス部門の間で、「どのような状態のリード(見込み客)を営業に引き渡すか」という基準(MQL/SQLの定義)を明確に定めます。これにより、質の高い商談機会を効率的に創出できます。
③顧客情報をリアルタイムで共有する
CRM(顧客関係管理システム)などを活用し、顧客のあらゆる情報を全部門で共有します。例えば、マーケティング活動への反応や抱えている課題が分かれば、営業は的確な提案ができ、カスタマーサクセスは先回りしたサポートを提供できます。
④定期的に対話し、改善する
定例会議などを通じて、各部門が顔を合わせて進捗や課題を共有し、改善策を話し合う場を設けます。これが部門間の風通しを良くし、連携をさらに強固なものにします。
― 製品そのものがマーケティングの中心となる「PLG」
さらに進んだ戦略として、「プロダクト主導型成長(PLG: Product-Led Growth)」があります。これは、製品そのものをマーケティングや営業の中心に据える考え方です。
無料トライアルやフリーミアムプランを通じて、ユーザー自身が製品の価値を直接体験します。その優れた体験が感動を生み、自然な口コミや有料プランへの移行、さらなる活用へと繋がっていくのです。このPLG戦略においては、直感的な操作性(UI/UX)や丁寧な導入サポート、充実したヘルプ機能といった製品体験のすべてが、強力なマーケティングツールとして機能します。
このように、部門間の連携を強化し、製品を中核に据えることで、顧客獲得から維持、拡大まで続く理想的な成長サイクルを生み出すことができるのです。
4.SaaSマーケティングの主要な手法と具体的な活用法
SaaSマーケティングを成功させるためには、多岐にわたる手法の中から自社の製品やターゲット顧客に最適なものを選択し、効果的に組み合わせることが重要です。
ここでは、主要な手法とその具体的な活用法を解説します。
顧客がSaaS製品を認知してから契約・利用、そして継続に至るまでには、いくつかの購買フェーズがあります。それぞれのフェーズで顧客が求める情報や行動が異なるため、フェーズに合わせた多角的なアプローチが重要です。
項目 | 説明 |
---|---|
認知フェーズ | 顧客がまだ課題を明確に認識していない、あるいは解決策を探し始めたばかりの段階です。ブランドの存在や、SaaSが解決できる一般的な課題について情報を提供します。 |
興味・関心フェーズ | 課題を認識し、解決策の情報を集め始めた段階です。自社SaaSが提供する具体的な解決策や、競合との違いについて詳細な情報を提供します。 |
検討フェーズ | 複数のソリューションを比較検討し、導入を具体的に検討している段階です。製品デモ、無料トライアル、成功事例などで、具体的な導入メリットを訴求します。 |
導入・利用フェーズ | 契約を完了し、製品の導入と利用を開始した段階です。スムーズなオンボーディングと初期の成功体験を支援します。 |
継続・推奨フェーズ | 製品を継続的に利用し、満足している段階です。より深く活用してもらうための情報提供や、アップセル・クロスセルの提案、さらには他社への推奨を促します。 |
これらのフェーズを意識して、各SaaSマーケティング施策を設計することが、効率的なリード獲得とLTV最大化に繋がります。
フェーズ1:認知
顧客の状態は、まだ自社の製品やサービスを知らない、あるいは漠然とした課題を感じ始めた段階です。
ソーシャルメディアマーケティング
X (旧Twitter)やLinkedInなどのプラットフォームで、業界のトレンドや役立つ情報を発信し、まずはブランドや製品の存在を知ってもらうことを目指します。視覚的な訴求やインフルエンサーとの連携も、認知度を広げるのに有効です。
Web広告(ディスプレイ広告・SNS広告)
ターゲットの業界、役職、興味関心などを細かく設定し、彼らが日常的に閲覧するウェブサイトやSNSフィードに広告を表示させます。
「こんな課題、ありませんか?」といった問いかけや、先進的なブランドイメージを伝えるビジュアルで、潜在的なニーズを喚起し、記憶に残るきっかけを作ります。
コンテンツマーケティング(認知段階)
顧客が情報収集を始めるときに検索しそうな、漠然とした課題に関するキーワード(例:「営業部門の生産性を上げるには」「テレワークでの情報共有の課題」)で、質の高い解説記事を作成します。SEO(検索エンジン最適化)を意識し、検索結果の上位表示を目指すことで、課題を意識し始めたユーザーとの最初の接点を自然な形で創出します。
フェーズ2:興味・関心
課題を明確に認識した顧客は、解決策を求めて具体的な情報収集を開始します。
ここでの目的は、課題解決の有力な選択肢として自社製品を認識させ、より詳しい情報を得たいと思わせること、そして、その証として見込み客(リード)の連絡先情報を獲得することです。
ホワイトペーパー
顧客が抱える課題に対して、より深く、専門的な解決策を提示する「お役立ち資料」を用意します。
例えば、「〇〇業界のためのSaaS導入完全ガイド」といったホワイトペーパーや、「費用対効果シミュレーションシート」など、具体的ですぐに役立つコンテンツです。
これらをWebサイトから無料でダウンロードできるようにし、引き換えに企業名や連絡先を入力してもらうことで、質の高いリードを獲得します。この手法は、顧客の能動的な情報収集の受け皿として機能します。
Web広告(リスティング広告)
「営業支援SaaS 比較」「経費精算システム おすすめ」といった、購買意欲の高いユーザーが使う具体的なキーワードで検索広告を出稿します。広告をクリックした先のページ(ランディングページ)では、製品がその課題をいかに解決できるかを簡潔かつ魅力的に伝え、前述の資料請求や、より関心度の高い「個別デモの申し込み」「お問い合わせ」といったゴールへと直接誘導します。
イベント・ウェビナー
「最新の〇〇活用術セミナー」や「業界のトップランナーが語るDXの未来」といったテーマで、オンライン・オフラインのイベントを開催します。情報収集に熱心な質の高い見込み客を一度に集めることができるだけでなく、専門家としての権威性を示し、信頼を醸成する絶好の機会です。イベント後のアンケートや質疑応答を通じて、顧客のリアルな課題や温度感を把握することもできます。
フェーズ3:検討
顧客は複数の製品をリストアップし、機能、価格、サポート体制などを具体的に比較検討しています。ここでの目的は、競合に対する優位性や独自性(USP)を明確に伝え、自社製品が最も最適な選択肢であると確信させることです。
無料トライアル・フリーミアムプラン
「百聞は一見に如かず」を実践する最も強力な手法です。実際に製品に触れてもらい、その価値を直接体験してもらいます。
特に重要なのが、トライアル期間中のサポートです。
使い方を案内するメールを送ったり、チュートリアルを用意したりして、顧客が製品の核となる価値を体験できる(専門用語で「Ahaモーメント」と呼ばれます)まで、丁寧に伴走します。
導入事例(検討段階のコンテンツマーケティング)
顧客の「この製品で本当に大丈夫だろうか?」という最後の不安を払拭するコンテンツが求められます。具体的な企業の課題、導入プロセス、そして導入後の成果を数値で示した「導入事例(ケーススタディ)」は、信頼性を高める上で絶大な効果を発揮します。
また、「料金プランの選び方ガイド」や「他社製品との機能比較表」も、顧客の合理的な意思決定を後押しします。
リードナーチャリング(見込み客の育成)
MA(マーケティングオートメーション)ツールを活用し、見込み客一人ひとりの行動に合わせた情報提供を行います。
例えば、
「料金ページを閲覧したリードには、費用対効果のシミュレーション資料を送る」
「特定の機能ページをよく見ているリードには、その機能の応用的な活用法を紹介する」
といったシナリオを設計し、顧客の検討プロセスに寄り添ったコミュニケーションで購買意欲を高めます。
関連資料:
SaaS企業向けMA活用事例集
フェーズ4:導入・利用
製品を契約・導入した直後の顧客は、期待と同時に「使いこなせるだろうか」という不安を抱えています。
この初期段階での体験が、その後の継続利用率を大きく左右します。導入初期のつまずきを防ぎ、製品の価値をいち早く実感してもらう(=オンボーディング)が大切です。
カスタマーサクセスと顧客教育(オンボーディング)
契約直後にキックオフミーティングを設定し、顧客が「この製品で何を達成したいのか」というゴールを共有します。そのゴール達成に向けた初期設定のサポートや、担当者向けのトレーニングを実施し、スムーズな滑り出しを支援します。これは単なるサポートではなく、顧客の成功に能動的にコミットする活動です。
メールマーケティング(オンボーディング)
システムから自動配信されるメールを戦略的に活用します。登録初日には「まずはここから!」という基本操作ガイド、3日目には「知っておくと便利な機能紹介」、1週間後には「よくある質問とその解決策」といったように、利用フェーズに合わせて段階的に情報を届けることで、顧客を孤独にさせず、スムーズな利用定着を促します。
フェーズ5:継続・推奨
顧客は製品を日常的に使いこなし、業務に欠かせないツールとして活用しています。ここでのマーケティングの目的は、顧客満足度を高く維持して解約を防ぎ、上位プランへのアップグレードや追加機能の購入(アップセル/クロスセル)を促すことで顧客生涯価値(LTV)を最大化することです。最終的には、満足した顧客が新たな顧客を呼び込む「推奨者」となることを目指します。
カスタマーサクセスと顧客教育(活用促進)
定期的なフォローアップで利用状況を確認し、さらなる活用法を提案します。また、ユーザー限定の勉強会や、ユーザー同士が情報交換できるオンラインコミュニティを運営することで、製品へのエンゲージメントと愛着を深めます。顧客からの要望やフィードバックを積極的に収集し、製品開発に活かすことで、顧客と共にサービスを成長させていく姿勢が重要です。
メールマーケティング(関係構築)
新機能のリリース情報や、顧客のビジネスに役立つ業界の最新トレンドなどを定期的に配信し、良好な関係を維持します。顧客の利用データに基づき、「〇〇機能をもっと活用しませんか?」といったパーソナライズされた提案や、上位プランのメリットを訴求するキャンペーン案内を送ることで、自然な形でLTV向上に繋げます。
パートナーシップ戦略
顧客が利用している他のSaaSとのAPI連携を強化したり、地域の販売代理店と協業したりすることで、製品単体では提供できない付加価値を生み出します。
これにより、顧客の利便性はさらに高まり、他社製品への乗り換えが難しくなります(スイッチングコストの向上)。また、満足度の高い顧客には、紹介プログラムなどを通じて、新たな顧客を紹介してもらうインセンティブを提供することも有効です。
参考記事:
【SaaS事業の広告ガイド】広告戦略と手法を徹底解説
5.データに基づいた効果測定と継続的な最適化
SaaSマーケティングを成功に導くためには、勘や経験だけでなく、データに基づいた効果測定と継続的な最適化が不可欠です。PDCAサイクルを回し、常に改善し続ける文化が重要となります。
5.1 データ分析と改善
SaaSマーケティングを成功に導くためには、勘や経験だけに頼るのではなく、データに基づいた継続的な改善活動が不可欠です。目標設定(Plan)、施策実行(Do)、効果測定(Check)、改善(Action)から成るPDCAサイクルを回し続ける文化を醸成することが、持続的な成長の鍵となります。
その基盤となるのが、主要なパフォーマンス指標(KPI)の定点観測です。
Webサイトのトラフィック分析では、訪問者数で集客施策の成果を測り、滞在時間や離脱率からコンテンツの質やユーザー体験(UX)の課題を分析します。
さらに、資料請求や無料トライアル登録といったコンバージョン率、そしてマーケティング活動全体で獲得できたリード数や有効商談数を追跡することで、施策がビジネスの成果にどれだけ結びついているかを評価することができます。
特にSaaSビジネスの健全性を示すCAC(顧客獲得コスト)、LTV(顧客生涯価値)、チャーンレート(解約率)といった重要KPIは、事業の成長性を判断する根幹となるため、常にその動向を注視する必要があります。
これらの指標を施策ごとに分解し、広告やコンテンツマーケティングといった各チャネルの費用対効果(ROI)を分析することで、データに基づいた最適な予算配分が可能になります。
収集したデータから具体的な改善アクションを導き出すために、Google Analyticsのようなアクセス解析ツールでユーザーの行動を深く掘り下げ、UI/UXの改善点を探る必要性もあります。
同様に、メールの開封率やクリック率を分析して配信内容を最適化したり、SNSのエンゲージメントを分析してコンテンツ戦略を調整したりといった、地道な改善活動が求められます。
最も重要なのは、MA/CRMツールを通じてマーケティングとセールスのデータを連携させることです。これにより、どの施策が最終的な受注に繋がったのかというROIを可視化でき、より精度の高い意思決定が実現します。
多様化する施策のデータを一元管理し、状況を迅速に把握するためにダッシュボードを構築することも有効です。
このように、データに基づき仮説を立て、実行し、その結果を正しく評価して次の一手へと繋げるサイクルを絶え間なく回し続けることで、SaaSマーケティングは継続的に進化し、より高い成果を生み出すことができるのです。
5.2 Owned Data Marketing
上述の通り、SaaS事業の成功には、複数の部門間での目標や情報の共有が不可欠です。
そこで有効となるのが、ナウビレッジが提唱する「Owned Data Marketing」という考え方です。これは、MA(マーケティングオートメーション)、SFA(営業支援システム)、CRM(顧客関係管理)に蓄積されている自社固有のデータを、マーケティング施策に最大限活用することを指します。
このアプローチの最大の特徴は、マーケティング部門単体で完結しない点にあります。営業活動やカスタマーサクセスで得られた顧客情報を基に、データ分析、A/Bテスト、改善を繰り返す「自社データ活用実験型のアプローチ」によって、企業全体の収益増加を目指します。
活用するデータは以下のようなものがあげられます。
Owned Data Marketingの流れ
①データ収集
日々のマーケティング・営業活動などで得られたデータをMA/SFA/CRMに蓄積します。
②データ分析・アイデア生成
上記のようなデータを分析し、ボトルネックを解消するアイデアを生成します。
③テスト
生成されたアイデアの中から優先度の高いものを選択し、A/Bテストなどの手法で仮説検証を行います。
④学習・共有
テスト結果を分析し、何が成功し、何が失敗したのかを学習。営業やカスタマーサクセス部門への共有を行います。
⑤改善
学習した結果を次のアイデア生成やテストに活かし、改善サイクルを回します。
自社だけが得ているデータを活用した、顧客と自社にフィットするマーケティングアプローチを行うことができ、プロダクトだけでなくマーケティング活動から違いを生み出すことで持続的な成長を実現することができます。
6.SaaSマーケティングにおける主要な課題と解決策
SaaSビジネスの成長を阻む要因は多岐にわたります。ここでは、SaaSマーケティングが直面する共通の課題と、日本市場固有の課題に焦点を当て、それぞれの解決策をご紹介します。
6.1 共通の課題と克服戦略
― 有効商談に繋がるリード獲得の難しさ
課題
多くのリードを獲得できても、その質が低ければ営業のリソースを無駄にし、成約に繋がりません。
解決策
リードスコアリングの精度を向上させ、購買意欲と製品適合度の高いリードを厳選します。また、マーケティングと営業間でMQL(Marketing Qualified Lead)とSQL(Sales Qualified Lead)の定義を統一し、認識のズレをなくすことで、営業が効果的にアプローチできるリードを供給します。
― マーケティングとセールス間の連携不足
課題
それぞれの部門が独立して活動することで、顧客情報や顧客体験が一貫せず、機会損失が発生します。
解決策
共通目標(KGI)を設定し、両部門が協力してLTV最大化を目指す文化を醸成します。定期的な合同会議での情報共有、CRM(顧客管理システム)を通じた顧客情報の一元管理、MQLからSQLへの引き渡しプロセスの明確化が不可欠です。
― 競争激化と製品差別化の困難さ
課題
新規SaaSが次々と登場し、機能面での差別化が難しくなっています。
解決策
自社SaaSのユニークバリュープロポジション (UVP) を再定義し、明確な差別化ポイントを打ち出します。ニッチ市場への特化や、業界特化のバーティカルSaaSとしての専門性を高めることも有効です。
また、顧客フィードバックを迅速に反映した継続的な製品改善とイノベーションを通じて、競合にはない価値を提供し続けます。
― 顧客獲得後の解約率(チャーン)管理
課題
顧客を獲得しても、すぐに解約されてしまうとLTVが低下し、事業成長が鈍化します。
解決策
カスタマーサクセスチームを強化し、導入時のオンボーディング体験を徹底的に改善します。顧客からのフィードバックを迅速に製品開発に反映させる仕組みを構築し、プロアクティブなサポートを提供することで、顧客の成功を支援し、解約リスクを低減します。
― マーケティング効果の可視化の難しさ
課題
多様なSaaSマーケティング施策が展開される中で、どの施策がどれだけの売上に貢献しているかを正確に把握するのが難しい場合があります。
解決策
MA/CRMツールを活用したデータの一元管理と分析基盤を構築し、各KPI(CAC、LTV、MRR、CV数など)のトラッキング体制を整備します。アトリビューションモデル(どのマーケティングタッチポイントがコンバージョンに貢献したかを評価するモデル)を導入することで、施策ごとの貢献度を可視化し、予算配分の最適化に繋げます。
― SaaSマーケティング人材・データ不足
課題
SaaS特有の知識やデータ分析スキルを持つマーケティング人材の確保が難しい、あるいはデータ分析を行うための基盤やツールが不足している場合があります。
解決策
外部の専門家(SaaSマーケティングコンサルタント、フリーランス)の活用や、社内マーケティング担当者への専門知識・スキル習得のための育成投資を行います。また、データ基盤の整備とMA/CRM、アクセス解析ツールなどの分析ツール導入を積極的に進めます。
6.2 日本市場固有の課題と対策
― SaaSソリューションの採用の遅れとオンプレミス志向
課題
本企業、特に老舗企業では、従来のオンプレミスシステムへのこだわりや、クラウドサービスへのセキュリティ懸念から、SaaS導入に慎重な姿勢が見られることがあります。
対策
国内企業の具体的な成功事例を数多く提示し、SaaS導入による明確なROI(投資対効果)を数値で示します。無料デモや導入コンサルティングを充実させ、セキュリティに関するQ&Aを詳細に提供することで、不安を解消します。
― 言語・文化の壁
課題
海外SaaSの場合、単純な翻訳では日本のビジネス文化や商習慣に合致しない場合があります。
対策
単なる翻訳ではなく、日本のビジネス慣習やユーザーの期待に合わせた徹底したローカライゼーションを行います。丁寧で迅速なカスタマーサポートや、日本の祝日に合わせたアップデート告知など、細やかな配慮が信頼構築に繋がります。
― 国内ソリューションへの選好
課題
顧客が国内の既存ベンダーや類似SaaSを優先する傾向があります。
対策
国内パートナーシップ(代理店、SIerなど)を強化し、日本の市場に合わせた機能開発やサービス連携を積極的に行います。また、日本独自のキャンペーンやプロモーション、ユーザーコミュニティの醸成を通じて、信頼性の高いブランドイメージを構築します。
― 長い営業サイクルと合意形成を重視する意思決定プロセス
課題
日本企業では、複数の部署や関係者の合意形成に時間がかかり、営業サイクルが長期化する傾向があります。
対策
段階的な情報提供と長期的なリードナーチャリング戦略を構築します。決裁者層への直接的なアプローチを強化するためのコンテンツ(役員向けのホワイトペーパーなど)を準備し、導入におけるリスク回避を支援する資料(セキュリティ対策、導入後のサポート体制など)を充実させます。
― カスタマーサポートと長期的な関係構築の重視
課題
導入後の手厚いサポートや、困ったときの迅速な対応を特に重視する文化があります。
対策
オンボーディング支援をより手厚くし、個別相談の機会を豊富に提供します。顧客の成功事例を共有するウェビナーを定期的に開催するなど、顧客との長期的な関係構築に注力します。
― 既存のレガシーシステムとの連携
課題
多くの日本企業が既存のオンプレミスシステムや古い基幹システムを運用しており、SaaSとの連携に課題を抱えています。
対策
API連携の提供を強化し、他システムとのスムーズなデータ連携を可能にします。また、既存システムからのデータ移行支援サービスを充実させたり、既存システムとの共存が可能なソリューション提案を行うなど、顧客の移行障壁を低減します。
7.SaaSマーケティングの成功事例に学ぶ
国内外のSaaS成功事例は、SaaSマーケティング戦略を策定する上で多くのヒントを与えてくれます。彼らの戦略から教訓を学び、自社に合った形で応用することが重要です。
7.1 国内外のSaaS成功事例から見る戦略と教訓
― ①HubSpot
戦略
インバウンドマーケティングを提唱し、CRM/SFA/MAなどが搭載されたオールインワンプラットフォームとして認知を獲得。顧客が抱える課題解決に焦点を当てた豊富なコンテンツ(ブログ、ホワイトペーパー、ウェビナー)を提供し、見込み客を惹きつけました。また、販売パートナーとの強力なエコシステムを構築し、世界で26万社以上の企業に利用されています。
教訓
顧客中心のコンテンツ戦略と、オープンなエコシステム構築によるプラットフォーム戦略の重要性。
― ②Slack(スラック)
戦略
プロダクト主導型成長 (PLG: Product-Led Growth) の代表例です。優れたUI/UXとシンプルな利用開始プロセスにより、チーム内での口コミ(バイラルマーケティング)で急成長を遂げました。無料プランでも十分に価値を体験できる設計が、有料プランへのスムーズな移行を促しました。
教訓
製品そのものが強力なマーケティングツールとなるPLG戦略の威力と、使いやすさがビジネス成長に直結すること。
― ③freee(フリー)
戦略
会計・人事労務ソフトのSaaSとして、特に中小企業や個人事業主をターゲットにしています。YouTubeを活用した動画配信戦略が特徴で、会計業務に関する実用的な情報やチュートリアル動画を数多く提供することで、潜在顧客の課題解決を支援し、リード獲得とブランド認知を大きく伸ばしました。
教訓
ターゲット層が抱える専門的な課題に特化した動画コンテンツによる、効果的なリード獲得とブランド構築。
― ④Zoom(ズーム)
戦略
高品質なビデオ会議サービスを、使いやすいUI/UXで提供することで、新型コロナウイルスのパンデミックを機に急速に普及しました。無料プランでの制限(40分)が巧妙に有料プランへの導線となり、膨大な数の新規ユーザーを獲得しました。質の高いコンテンツとSEO戦略によるオーガニック検索からの流入も大きく、顧客志向の製品開発と大胆な広告投資も成長を後押ししました。
教訓
高品質なユーザー体験、戦略的なフリーミアムモデル、SEOと広告を組み合わせた迅速な市場シェア拡大。
サイト:zoom
― ⑤Paidy(ペイディ)
戦略
後払い決済サービスを展開するSaaSです。若年層、特にZ世代へのアプローチとしてSNS、特にX(旧Twitter)での漫画コンテンツ配信を積極的に行いました。これにより、サービスの認知度と親近感を高め、若年層からのシェア獲得に成功しました。
教訓
ターゲット層の利用するSNSプラットフォームに合わせた、エンゲージメントの高いコンテンツ形式(漫画など)でのコミュニケーションの有効性。
サイト:Paidy
― ⑥Sansan(サンサン)
戦略
法人向け名刺管理SaaSのパイオニアです。大規模なオフラインイベントやオンラインセミナー「Sansan Innovation Summit」を定期的に開催し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を後押しする出会いや情報提供の場を創出しました。これにより、質の高いリードジェネレーションを実現し、企業向けSaaSとしてのブランディングを強力に推進しました。
教訓
業界の課題に焦点を当てた大規模イベントによる、質の高いリード獲得と強力なブランディング効果。
サイト:Sansan
これらの成功事例から学ぶ具体的な戦略としては、インバウンドマーケティングによる顧客育成、プロダクト主導型成長 (PLG)による自然な拡大、コミュニティ形成を通じたロイヤルティ向上、パートナーシップ戦略による市場拡大、そしてターゲットに合わせたコンテンツ戦略などが挙げられます。
それぞれのSaaSが、自社の製品特性、ターゲット顧客、市場環境に合わせて最適なSaaSマーケティング戦略を展開し、成果を出していることが分かります。
8.バーティカルSaaSマーケティングの特異性と戦略
SaaS市場の成熟とともに、特定の業界や業種に特化した「バーティカルSaaS」の存在感が増しています。汎用SaaS(ホリゾンタルSaaS)とは異なる特性を持つため、SaaSマーケティング戦略もバーティカルSaaSに特化したアプローチが求められます。
8.1 バーティカルSaaSの成功要因
その成功の理由は、単にニッチな市場を狙ったからという単純なものではありません。最大の強みは、その業界特有の本質的な課題を解決する圧倒的な専門性にあります。汎用SaaSでは手が届かない、複雑な法規制への対応や長年の慣習に基づいた特殊な業務フローといった深い悩みに寄り添うことで、顧客にとって「これしかない」と思わせるほどの価値を提供しています。
この深い理解は、プロダクトのUI/UX設計にも色濃く反映されます。業界の専門用語が自然に使われ、現場のワークフローに完璧に適合したデザインは、導入後のスムーズな定着を促し、顧客満足度を大きく高めます。この「現場が喜ぶ使いやすさ」こそが、強力な差別化要因となっています。
さらに、特定の業界は横のつながりが強いため、一度導入されて成功事例が生まれれば、その評判は口コミを通じて驚くべき速さで広がります。信頼できる同業者からの推薦は何よりのマーケティングとなり、広告に頼らずとも強力なネットワーク効果が働きます。
そして、日々の業務に深く入り込んだSaaSは、もはや単なるツールではなく、事業に不可欠な「インフラ」となります。これにより、顧客は簡単には他のシステムに乗り換えられなくなり、結果として解約率が低く、顧客生涯価値(LTV)が非常に高い、安定したビジネスモデルが実現します。
この好循環をさらに加速させるのが、高速なプロダクト改善サイクルです。顧客が特定の業界に絞られているため、開発チームには常に質の高いフィードバックが集まります。現場のリアルな声をスピーディーに製品改善に繋げることで、常に顧客のニーズに応え続け、競合に対する優位性を確固たるものにしていくことができます。
8.2 バーティカルSaaSに特化したマーケティング戦略
バーティカルSaaSの特性を踏まえると、SaaSマーケティングでは以下のような戦略が有効です。
徹底したターゲットセグメンテーション
業界だけでなく、企業規模、部署、職種まで細かくセグメンテーションし、それぞれに合わせたパーソナライズされたメッセージを届けます。ターゲットが明確なため、効率的なSaaSマーケティングが可能です。
コンテンツマーケティングの活用
業界特有の課題をテーマにしたSEO記事、ホワイトペーパー、導入事例を重点的に作成します。
例:「建設業向けプロジェクト管理SaaSの選び方」「医療機関における予約管理のDX事例」など、具体的な業界名や課題をキーワードに含めます。
プロダクト主導型成長(PLG)の促進
現場のユーザーが無料で製品を試せる無料トライアルやフリーミアムモデルを導入し、使いやすさや即効性を体験してもらいます。現場からの口コミが、社内の導入決定に繋がる強力な推進力となります。
パートナーシップとエコシステム戦略
業界団体・協会との提携、SIerや代理店との連携を強化し、業界への深い入り込みを図ります。また、その業界で利用されている周辺SaaSやIoTデバイスとの統合を進め、顧客にとってより包括的なソリューションを提供できるエコシステムを構築します。
8.3 バーティカルSaaSが直面する課題と対策
バーティカルSaaSは高いLTVとニッチな強みを持つ一方で、いくつかの課題も抱えています。
特定業界に深く特化するからこそ、そのマーケティング戦略も独特の課題に直面します。
まず根本的な課題として、ターゲット市場が限定的である点が挙げられます。市場規模が小さいため、不特定多数に向けたマスマーケティングは非効率です。このため、マーケティング活動は業界のキーパーソンやコミュニティに的を絞り、費用対効果を極限まで高める精度が求められます。
次に、信頼性の証明が極めて重要になるという課題があります。特に医療や金融など規制が厳しい業界では、独自の商習慣や専門用語への深い理解がなければ、マーケティングメッセージは顧客に響きません。安易な表現は不信感に繋がりかねないため、業界の専門家を巻き込んだコンテンツ作成や、業界団体との関係構築を通じて「我々はこの業界のプロフェッショナルである」という権威性を示すことが不可欠です。
また、マーケティング上の大きな差別化要因として、汎用SaaSとの競合を意識しなければなりません。バーティカルSaaSのマーケティングでは、「多機能で便利」といった漠然とした訴求ではなく、「この業界の、この業務の悩みを唯一解決できる」という一点集中のメッセージを磨き上げる必要があります。汎用SaaSでは手が届かない「痒い所に手が届く」専門性を、導入事例などを通じて具体的に示し続けることが、顧客に選ばれるための鍵となります。
最後に、これらの課題に対応するためのマーケティング体制の構築が後手に回りやすいという内部的な課題も存在します。製品開発にリソースを集中させるあまり、マーケティング活動が属人的になったり、施策が単発で終わったりしがちです。これを防ぐには、早期から業界特化のブログや導入事例といったコンテンツを継続的に生み出す仕組みを整え、それらをオンライン広告や業界特有の展示会、ウェビナーといった複数のチャネルで効率的に活用し、質の高いリードを着実に獲得していく体制を構築することが急務となります。
9.SaaSマーケティングの最新トレンドと今後の展望
SaaSマーケティングは常に進化しており、最新のテクノロジーや市場の変化に迅速に適応することが、競争優位性を保つ上で不可欠です。ここでは、特に注目すべき最新トレンドと今後の展望を解説します。
9.1 生成AI時代のSEOとコンテンツ戦略
生成AIの登場は、コンテンツ制作のあり方や、ユーザーの検索行動、ひいてはSEO(検索エンジン最適化)の概念そのものを大きく変えつつあります。
E-E-A-T(経験・専門性・権威性・信頼性)のさらなる強化
AIが生成するコンテンツが増加する中で、人間ならではの「経験」や「深い専門性」に基づいたコンテンツの価値は一層高まります。著者/監修者の専門性を明確にし、一次情報や実体験を活用したリアルなコンテンツを提供することが重要です。
自社でしか知り得ないデータや、顧客の導入効果を具体的な数値で示すことで、コンテンツの独自性と信頼性を強化していきましょう。
AI検索に最適化する新時代のSEO
従来の「検索順位対策」から、「AIに引用されるコンテンツ」への進化が求められます。AIは、ユーザーの質問に対し、最も適切で信頼性の高い情報源を引用して回答を生成しています。
中でもユーザーの疑問に網羅的に答える、包括的で深いコンテンツが評価される傾向が強まっています。
AIが情報を構造的に理解しやすいように、FAQ・How-to形式のコンテンツ、見出し・箇条書きの活用、そしてリッチメディア(画像、図解、動画)を積極的に取り入れる必要があります。
これにより、AIがコンテンツを要約しやすくなり、引用される機会が増えていきます。
継続的な改善とリライト、SNSでのサイテーション
一度公開したコンテンツも、AI検索の進化に合わせて定期的に情報を見直し、最新化、深掘り、構造化のリライトを行うことが重要です。
質の高いコンテンツは、SNSでのサイテーション(言及や共有)を促します。そのため、ソーシャルメディアを通じてコンテンツを多角的に発信し、多くの人々に読まれ、引用される機会を増やすことが、間接的にAI検索での評価向上にも繋がります。
9.2 テクノロジー活用による効率化とパーソナライゼーション
AIやデータ分析技術の進化により、SaaSマーケティングはさらに効率化され、顧客一人ひとりに合わせたパーソナライゼーションが深化します。
MA(マーケティングオートメーション)ツールの進化と高度なリードナーチャリング
MAツールは、単なるメール配信だけでなく、ウェブサイト上での行動、コンテンツの閲覧履歴、SaaS製品の利用状況など、あらゆる顧客データを統合し、AIによる行動予測に基づいたパーソナライズされたコミュニケーションを自動化します。これによって、より効率的かつ効果的なリード育成が可能になります。
CRM(顧客管理システム)とデータ活用の深化による顧客理解と関係構築
CRMは、営業活動だけでなく、マーケティング、カスタマーサクセスといった全部門の顧客情報を一元管理する基盤となります。顧客とのすべての接点におけるデータをCRMに集約し、それを深く分析することで、顧客のニーズや行動パターンをより詳細に理解し、長期的な関係構築に役立てます。
参考記事:
SaaS企業必見!HubSpot CRMで顧客・契約・ライセンス管理を効率化
ABM(アカウントベースドマーケティング)による特定重要顧客への戦略的アプローチ
特にエンタープライズ向けのSaaSにおいて、ABMは重要な戦略です。収益性の高い特定の企業(アカウント)をターゲットに定め、その企業内の複数のキーパーソンに対し、パーソナライズされたSaaSマーケティングと営業活動を連携して展開します。AIによるデータ分析は、ターゲットアカウントの特定や、最適なアプローチ戦略の策定に貢献します。
これらのテクノロジー活用は、SaaSマーケティングが「量」から「質」へと転換し、顧客との深いエンゲージメントを築き、LTV最大化を実現するための鍵となります。
10.まとめ:SaaSマーケティング成功のためのロードマップ
SaaS市場は今後も拡大を続ける一方で、競争はますます激化していくでしょう。この環境下でSaaS事業を成功させるためには、今回ご紹介した多角的なSaaSマーケティング戦略を体系的に実行し、継続的に改善していくことが不可欠です。
SaaSマーケティング成功のためのロードマップとして、以下の要素を常に意識してください。
顧客中心の長期的な視点とLTV最大化への注力
SaaSビジネスは顧客に継続して利用してもらうことで収益が安定します。顧客の課題解決と成功を最優先に考え、LTV(顧客生涯価値)を最大化する戦略を常に意識しましょう。
データに基づいた戦略策定と継続的な改善(PDCAサイクル、グロースハック)
勘や経験だけに頼らず、KGI/KPIの追跡、MA/CRMからのデータ分析を通じて、客観的な根拠に基づいた意思決定を行います。そして、PDCAサイクルやグロースハックサイクルを継続的に回し、施策の効果を検証し、常に改善していく姿勢が重要です。
部門間の緊密な連携とプロフェッショナルなSaaSマーケティング人材の活用
マーケティング、セールス、カスタマーサクセスが一体となって顧客体験を創造することがSaaSビジネスの成功には不可欠です。また、SaaS特有の知識とスキルを持つプロフェッショナルな人材の育成や外部活用も検討しましょう。
市場の変化と最新トレンド(特に生成AI)への迅速な適応とテクノロジー活用
生成AIをはじめとする最新テクノロジーは、SaaSマーケティングのあり方を大きく変えつつあります。常にアンテナを張り、新たな技術やトレンドを積極的に取り入れ、自社のSaaSマーケティングを効率化・高度化していくことが求められます。
日本市場の特性と課題を深く理解した戦略的アプローチ
特に日本でSaaSを展開する場合、国内市場固有の商習慣、文化、顧客ニーズを深く理解し、それに合わせたローカライズされたSaaSマーケティング戦略を展開することが、事業成長の鍵となります。
これらのロードマップを着実に実行することで、貴社のSaaSは市場での競争力を高め、持続的な成長を実現できるはずです。
SaaSのマーケティングにおいて、本格的に取り組みたい方や戦略・手法を見直したい方は、SaaSマーケティングのプロであるナウビレッジに一度ご相談ください。
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